No.7 深瀬 昌久「遊戯」@誉田屋源兵衛 竹院の間
私はときおり、写真の深度について考える。たとえば、日本人写真家の”私景”と呼ばれるスナップの写真群を観たとして、一体どこまで時空を超えた旅ができるのだろうか。大概の場合、そこに広がる風景は撮影者の記憶の範囲にとどまり、ゆらゆらと揺れる。日常と過去の一瞬の旅は、はかない景色だったり躍動だったり、あえて”無”を意識した形のリズムだったり。
私たちは物心つかないうちから、”教育”や”世間”という作法を強引に植えつけられ、たとえ本人が”私は変人です!”と主張しようとも、悲しいかな現世システムの範囲内での話でとどまってしまっているのが現状だ。太古からの体の記憶はすっかり忘れ、時代の中でぷかぷかと浮かんでいる場合が多い。
実際のところ、ひとが言葉を伝達の常套手段として使い始めたことで、失ってしまったものはないのだろうか。
文化人類学者である岩田慶治は、著書『アニミズム時代』のなかで『万葉集』と『古今集』の違いを引き合いに、日本人が「身体運動から言葉の選択に重点が移った」と述べた。自然に向かって境界線があいまいで開かれた言葉の『万葉集』に対し、『古今集』では室内装飾のごとく巧みに配置された言葉が並べられはじめたと。
太古においては身体運動こそが重要で、言葉がサインとしての役割を超えるのは呪術の時間のみであった。ところが、言葉が文化の表に堂々と出はじめることで人の様相も変化をはじめる。それはメリットも沢山あるはずなのに、岩田は、「身体運動は人間と自然をつなぐものであるが、言葉は文化の内部、人間の作りあげた二次的・人工的環境の内部でしか機能しない」と述べている。つまり身体運動こそが基本でそこは魂の風景が広がる、言葉はその装飾でしかないという。
ここで改めて深瀬昌久の写真を考えると、卓越した撮影技術は、狩猟時代に狩りをするかのような身体運動からくるものではないかと思ってしまう。考える前にシャッターを切ってしまう行為があるとすれば、それは遠い身体の記憶や本能、身体の感覚に素直に耳を傾けている部分もあるのではないだろうか。例えばネズミを追う猫は、狩りを楽しみ遊戯の延長線ともいえる行為の果てに、ガブッとネズミを食べ始める。モラルも理性も存在しないが、その行為は身体運動や感覚の記憶の延長線にあり偽りの無い真実である。深瀬のスナップ写真群には、我々の魂が感じることのできた"原風景"のような世界が広がるのではないだろうか。
深瀬の写真行為は一般に”私写真”と表現される場合があるのだが、それだけでは小さく収まりすぎてしまうと思う。作品は一般的な私写真を卓越した深さと広さそして凄みに満ち溢れている。舞踏を写真表現に置き換えたような躍動感と自由な一枚一枚は、深瀬個人を超越した懐かしさと匂いが漂い、日本人がまだ自然との境界にこだわらなかった頃の記憶へと誘ってくれるかのようでもある。
当時の深瀬は、文明が虚偽の場所であることを肌で感じ、自分の感覚や身体、直観のみに真実が宿ると知っていたかのようだ。