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2015年 05月 28日
KYOTO GRAPHIE2015(京都国際写真祭) 4
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最近よく思うこと
頭いっぱいの情報を背負いながら、刷り込まれた価値観から生み出される膨大な幻想の中、右往左往、汗している日々なのかな・・と。
京都市役所前広場 |Martin Gusinde(マルティン・グシンデ) 今回京都市役所前に初となる仮設ギャラリーが設置されそこでの展示。それも”紙管”という紙の筒を使用したパビリオンらしい。耐火や耐水処理を施した丈夫な紙の建材ということだった。(再利用、リサイクルもしやすい) 設計は京都造形大学で教鞭をとる坂茂氏で、造形大学の学生が実際制作。
エコパビリオン。
作品はドイツ人宣教師マルティン・グシンデが1819年~1924年にかけ南米大陸の南端 フエゴ諸島の先住民族を撮影したもの。
民俗学的な調査、記録の手段として写真を用いたよう。 動物や鳥の毛をまとい、ペイントをして暮らす人々の暮らしぶり、呪術的で本能的な儀式etc・・と、現代の視点からみると、とても原始的で不思議な世界に満ち溢れ、何処か本能の持つ恐怖さえ感じてしまう。
彼は人々の暮らしに溶け込みながら、確実に信頼関係を築き上げれたのだろう。その記録には、部族の人々以外にはさらけ出していない儀式、祭事等多岐に及んでいた。その記録を観ていると、私もしっかり着用中の”鎧”を脱ぎ棄てた時に残るのかもしれない、”種”のような部分を垣間見たような心地にもなる。 その失われてしまった先住民族の人々の生活ぶりと、私達の今の生活を比べた場合、実はどちらが未来の世界にとって優しい環境なのだろう?
それにしても、肝心なエコパビリオンを記録するのを忘れてしまった。
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